森に入れば

Aug 11, 2017

あの木の下、見て。ほら、ことばのきのこ。細い黒い針金みたいな先に、やっぱり細い黒い針金まるめたみたいな胞子のかたまりついてるよ。それが次々集まって束になって、小さな黒いブーケになって。ブーケはあえかな絹糸で結ばれてる。ことばのきのこのちいさなブーケ、そのままふんわり宙を舞う。わたしのところにもやってきて、手の中に、手の中に。両手のひらにブーケがひとつ。わたしはブーケにきいてみる。

 

綺麗ですね、重さがないですね/もちろん、重力は働かないので/ああ、グラヴィティフリーですね。じゃ、これは、音波ですか/音波です

 

ことばのきのこの小さなブーケ、ブーケの絹糸がほどけると、手の中に胞子がいっぱい。細い黒い針金まるめたみたいな胞子。かわいらしい胞子。わたしはその胞子をそのまま森のなかに放ったよ。胞子の針金は、ひとつひとつ宙でほどけて、いろんなかたちになって飛んでいく。そのうちのいくつかは、くにゃくにゃしながら、シャボン玉になって、パシャっと割れて、割れた飛沫はそれぞれ小さなヘビイチゴになったり、ムラサキサギゴケの光る花になったりして。ああ、ここは春なんだな。どんぐりの花のかおりもするよ。そこで、わたしはやっと気づいた。この森はことばでできてる。ことばでできた森だったんだ。わたしはいつもこのなかで遊んでいた。知らなかった。知らなかった。知ってしまった。知ってしまった。わくわくするな。この感じ。

 

じゃあ、じゃあ、おそらく、そうなんだ。わたしの身体もことばでできてる。手も足も肩も背も、ことばでできてる。知らなかった。知ってしまった。えらいことに気づいてしまった。ことばを運んで動き回り、ことばで食べ、ことばをつかって踊り、ことばで音楽を奏でていたんだ。ああ、こりゃ、えらいことに気づいてしまった。

 

じゃあ、じゃあ、おそるおそる言ってみよう。この宇宙はことばでできてるってことかな。そっか、観測不可能なものが、山のようにあるのはそのせいなんだ。なるほどね。ビッグバンの中身は、愛のかたまりだったのかもしれない。