The Wind Cries Mary

8月26日(土)のハルソラでのライブで演る曲の歌詞なんかをじっと見つめていたりする。また、新しい世界があったりする。Jimi Hendrixが歌う。Blues。私は彼の音が好きだったんじゃなくて、その持っているイメージと愛が音から溢れてて、それで好きだったんだと今頃になって分かった。詩人ってのは、まったく、なんて仕事をしてくれるんだ。それこそ、音と詩は、これが音、これが詩って分けられないものだとやっと体感した気がする。分類する必要はないんだ。きっと。ぼんやりと浮いてるものだよ。核の周りをまわる電子の煙みたいに動き続けて、浮いている。私が尊敬する詩人たちは、あまり自分のことを詩人だとは言いたがらない。音、言葉、かたち、食、いろいろ、本当にいろいろ。

"The Wind Cries Mary"

 

After all the jacks are in their boxes
And the clowns have all gone to bed
You can hear happiness staggering on down the street footprints dressed in red

And the wind whispers Mary

A broom is drearily sweeping up the broken pieces of yesterdays life
Somewhere a queen is weeping
Somewhere a king has no wife

And the wind, it cries Mary

The traffic lights, they turn, uh, blue tomorrow
And shine their emptiness down on my bed
The tiny island sags down the stream
Cause the life that lived is, is dead

And the wind screams Mary

Uh-will the wind ever remember the names it has blown in the past?
And with this crutch, its old age
And its wisdom it whispers, "No, this will be the last"

And the wind cries Mary

"The Wind Cries Mary"

 

びっくり箱のなかにジャックたちはきちっと収まって/ 道化師たちもみな床に就いたころ/ 君は聴くだろう/いわゆる「幸せ」というものがヨロヨロと通りを歩く音を/その足跡は赤いものをまとってる

 

そして、風がささやく、マリーと

 

壊されてしまった昨日の人生のかけら/ それを箒(ほうき)がのりきらない感じで掃いて見えなくする/ どこかで/ 女王が涙を流し/ 王は妻を見つけられない

 

 

そして、風が呼んでる、マリーと呼んでる

 

シグナルの光は、明日、青に変わる/ そして私の寝床に彼らの空っぽなこころを映し出すだろう/ 小さなその島は流れに削られ傾き…というのも、そこに住んでた住人が亡くなったのでね

 

そして、風が叫んでる、マリーと

 

嗚呼、風は記憶するのだろうか/過去に呼んだことのある名前たちを/ すると、そのとき/ 杖をつく/ 年老いたもの/ その叡智がささやいた/「いやぁ、これが最後になるさ」

 

そして、風は呼んだ、マリーと

(訳:池田不玖)

 


鎮魂歌ともとれるのかな。わからないけど。最後に救われる。杖をつく年老いたもの、その叡智のひとことに。「悲観することはない」と。叡智にしか言えない言葉とはそういうもののような気がするのです。1967年リリースの曲。当時アメリカはベトナム戦争のさなかだった。

 

この人の言葉には、何かを一生懸命考えた痕があって、さらに叡智というものを使って、たしかな希望や愛を歌っている気がするのです。考えざるを得ないものに、たじろがず取り組んで、叡智に賭けて生きた人に私は敬意を表したいです。

 

私は、2017年を生きてる。また、違うものを見てる。どんな音を出すんだろうな。