なかなかほどけん

例えば、いくらやってもほどけない糸があったとして、それを、捨てるか、ほどきつづけるか。もし、新しい糸がきれいに巻かれてすぐそこにあるなら、それを捨てて新しいのをとる。でも、それが、一回切りで渡された糸で、嫌だと言って捨てたら、もう、もらえなかったとしたら。一生懸命ほどくしかない。そういう作業です。私は、そういう作業をしている。

 

けど、不思議なことがあって、時々、ほどけてることがある。きれいにいい感じで、ふんわりほどけるところまではいかないけれど。糸がからんでいるというより、糸のかたまりが空気をとりこんで、ちょっと綿みたいになっているときがある。そのときは、絡んだ糸を持っているのもそんなにまずいことでもないかもと思う。けれど、いつ、どういう条件下で糸のからまりが空気をもって綿みたいになるのか、ちょっと、私はまだ読めていない。把握できていない。その条件を。

 

それと、よくみると、相当糸が絡んでて、もう、どうでもよくなるときもある。そんなときは、そんなものないふりをして、生きていく方法もある。ただひとつ覚えておかないといけないのは、ないふりをして生きる場合、他人とうちとけることはない。自然にひとりを好む。構われたくないと思う。それも、長く続けると心地よく、楽しい。まあ、そういう人間が昔もいて、遺跡から時々ものが出てくるんだと思う。何に使うのかわからないもの、がらくた、人の顔の落書きされた茶碗とか、いろいろ。

 

さて、このうち、どれが、あなたに居心地のよい過ごし方ですか?

私の場合、圧倒的に遺跡組です。けど、運よく糸が綿みたいに空気を含む瞬間を見る時に、ああ、いいなと思う。そのあと、ほどけるかもと期待を持つ。ほどく作業をちょっと再開して、それで、やっぱり無理で。それで、やっぱり、遺跡組がこのうえなく心地いい。以上を、いびつなサイクルで繰り返している。