数字について

 

 

数字って何なのかなって思います。時間によらずいつでも成立するものってあるのかな。私は同じ時間を2度味わったことはないし、言葉で書かれたものも読むたびに違う感じ方をする。もしかしたら、数字や数式もその時と場所で変わっていくものかもしれない。数字の感じ方ってどんな感じ?自分でも分からないな。数字で言われると、どうしてそんなに手放しに納得しているのか不思議です。昨日の夜聞いた数字を、今日の朝も正しいと思っているけど。

 

数字は確かだということを、疑ってみたいな。なんとなく、なんとなく、これが曲者なんじゃないかと実は思っています。頭(大脳新皮質でしょうか)の世界で、ものごとを管理する、コントロールするということを随分この’数字’が助けてきたと思います。人間の’可能’をつくってきたように思います。でも、これがさほど確かでないと分かったら、随分気楽になるのにな、なんて。

 

私はランダムというものに興味があって。数字はランダムに散らされて、初めてその本領を発揮するような気がします。つまり、遊べる気がします。私たちの身体に馴染んでくれるような、私たちと対等な関係になってくれるような。ランダムに散った数字をもとに考えるのなら、空間が広がる感覚を覚えるのです。数字も時間に沿って刻々と動いているのではと。そういうものだと思って数字を扱った方がもっと自然界に合った、私たちの身体に馴染む科学になるのではと。逆に、数字のまま、数字を使って何かを語られたり説得されたりすると、時々窒息感を感じます。それ以上、考えが発展しそうにない窒息感。なんでかな。

 

数字が不確かで、さほど信用できないと、数字の世界で証明できたら一番いいのですが。数字に私たちの生活がかかっているのなら、ずっとこのままなのでしょうか。数字と家族を養うことはかなりつながっていますから。そういう風に歯車が回っている限りは、それに合わさざるをえないのでしょうね。

 

自然の中に身をおくと、上に書いたようなアンバランスがほぐされて治る気持ちがします。山とか木とか、水辺とか。数字との接し方は、正直私自身の個人的な問題なのです。