Random Walks 改訂版(Online Bookに改訂)

はじめに

ー研究の動機と実験のアブストラクトー

 

水の中の微小な物質(例えばグルコースなど)の動きはランダムなものです。そのためか、それを餌とする水中のバクテリアの動きもランダムな動き方をしているという研究結果があります。もしそうであるならば、人間の身体にも太古の昔に水中をランダムに動いた記憶が残っていると思います。海に由来する物質で出来ている私たちの身体が、水中での微小な物質の動き方ーRandom Walksーと何の関係もないわけがないと考えています。ランダムに動くことが一番効率がよかった進化の過程を経ているのだから。私は意識して何かしていると思っているけれど、意図して何かできたと思ってきたけれど、結構意識自体がランダムなものかもしれないと今、思い始めています。

 

私の興味は脈絡なく動きます。その場所とその時の、聴こえた音、におい、光によって、興味の向く先が大きく左右されます。私は私自身の興味について何のコントロールもできていない気がするのです。特に、私の大好きな「木」とその木の周辺の「緑」を撮影して帰ってきた時、その撮ったままの写真を撮った順に家でみる時、上のようなことを思うのです。緑の光や木がもたらすイメージが私をランダムにするのか、それとも、あらゆる日常の判断までもがランダムなものなのか、まだまだ観察を続ける必要がありますが、「意識がランダムなものである」と仮定すると気持ちがなんとなく楽になるのが不思議です。おそらく、それは、理にかなっているからだと勝手に予測しています。ランダムという管理不可能な動きを認めてもらえて、身体がほっと安心しているのかもしれないですね。「あらかじめ期待されること」から解放される気がします。

 

2017年1月26日と4月10日に、私自身のRandom Walksと思うものを記録しましたので、どうぞご覧ください。興味の赴くまま、「木」とその周辺の「緑」を撮影したものです。写真は撮影したまま、撮影した順に並んでいます(細かい修正はいくつかあります。下の※に詳細記載。)。撮影地はいずれも奈良、平城宮跡です。どなたでも行って見て頂ける場所の木と緑を実験サンプルに選びました。

 

 

Random Walks by Fuku Ikeda on Jan. 26, 2017

最初の写真をクリックしていただくと、一枚ずつ撮影順に画像を見て頂けます。

※撮影者がその時に感じた印象に近いものにするべく加工した部分についてご説明します。その時切り取りたいと感じたものより多く写っていたので、8枚目だけトリミングしています。6、7、8枚目はモノクロになっています。それ以外は撮影したまま、写っていたままです。

 

 

Random Walks by Fuku Ikeda on Apr. 10, 2017

最初の写真をクリックしていただくと、一枚ずつ撮影順に画像を見て頂けます。

※撮影者がその時感じた印象からかけ離れていたため、21枚目、28枚目だけその印象に近いものに色調変更しました。それ以外は撮影したまま、写っていたままです。

あとがき

 

緑の光を見ると、なぜこんなに静かな気持ちになるのか、私には分かりません。私は緑の光に弱いのです。ぼーっとしてしまいます。眺めていると、呼吸が深く静かになるのが分かります。

 

実は植物にとっては緑の光は食事した後のたべかすみたいなものです。植物は青と赤の波長を使って光合成を行い、緑の光は役に立たないので、それを反射して、緑色に見えます。食欲を満たす光が取り除かれた、食べ残しの光を私はぼんやり眺めて、好きだなと思っているのですね。

 

上のようなものを撮影する時、「計算しようする自分」と、きれい!素敵!と感動してしまって、それに「流されてしまえ!!と思う自分」のせめぎ合いが必ず最初にあります。また、途中でも何度かあります。結局、「流されてしまえ!!」にすぐなって、上のような結果になるのです。私は、「計算しようとする自分」もランダムな意識のひとつなのだろうと予測していて、自分の中のせめぎ合いもランダムな意識の結果だと考えています。緑の光やそれを生み出す木は、私のあるままのこの姿、一筋縄でいかない混沌とした姿を私自身で寛容に認めるように、促してくれる気がします。それは不思議な力だなと思うのです。

2017年4月11日 池田不玖