2017夏 

6月28日(水)~7月2日(日)

即興演奏ライブ&個展 壁に歌うーConfessionー @gallery yolcha (ギャラリー ヨルチャ)(大阪市北区豊崎)

 

7月15日(土)

即興演奏ライブ「精霊の舞」 @ミジンコブンコ(奈良きたまち)

誰かが口笛吹いてる

誰かがくち笛吹いてる (2017) Fuku Ikeda, paper, PVC, color pencil, adhesive, hair pins, dried grass, Handmade book size: L16xW25.5xH4cm
誰かがくち笛吹いてる (2017) Fuku Ikeda, paper, PVC, color pencil, adhesive, hair pins, dried grass, Handmade book size: L16xW25.5xH4cm

口笛を吹く人に出会うと、なんか、私はにやけてしまうのです。幸せをおすそ分けしていただいた気持ちになります。自転車で思いっきり歌いながら走っている、若い学生さんなんかに会うと、幸せというより、これはエネルギーをもらいます。いいぞーって思うのです。その声が世界のすみずみにまで響くメガホンがあるなら、あなたにお貸ししますと言いたいです。この学生さんはこの作品と関係はないですが、今日出会ったので。

 

口笛って聞いて、私はやっぱり「呼んでる口笛、もずのこえ」って歌いたくなります。季節外れですが…。

私は、童謡が好きです。皆さんは、おおたか静流(しずる)さんって知っていますか?この方の声を聴くと、童謡って本当に素敵だなと思います。NHKのEテレで「にほんごであそぼ」っていう番組があって、そのなかで昔ながらの童謡を歌われています。彼女には独特のイントネーションがあって、それは、私にとってちょっと新鮮に響くのです。東歌(あずまうた)っていう感じです。私は関西人なので、その響きに東の風を感じるのです。万葉集に東歌が載っていますが、それは本当に興味が尽きなくて載せたんだと思います。”にほんご”と一言で言っても、その人が耳にしてきた音がそこに反映されていますね。きっと編纂者の大伴家持たちも遠方から来た人々の音に興味と敬意をもったのでしょう。とにかく、素敵なものです、言葉っていうのは。言葉も音もどうせごまかせない、だから飾る必要もなくて、これは私にはとても嬉しいことで、このことを手の中に大事にもっていたくなる感じです。

 

レインスティック

Rainstick (2017) Fuku Ikeda, paper, wooden toothpicks, ⌀4.5cmxL98cm
Rainstick (2017) Fuku Ikeda, paper, wooden toothpicks, ⌀4.5cmxL98cm

雨の音がする擬音楽器です。南米チリや南西アルゼンチンのネイティブアメリカンにルーツをもつ楽器です。これを鳴らすことで雨雲を呼ぶとされています。苗代のマルチ(稲の苗床に敷くシート)の芯に爪楊枝を螺旋状に差し込んで制作しました。

たね

壁に歌うたね (2017) Fuku Ikeda, paper, 32x32x39cm
壁に歌うたね (2017) Fuku Ikeda, paper, 32x32x39cm

この形はセンダンという木の実の中に入っている種子のかたちに着想して生まれたものです。ひだのある、小さくて、白くて、まるいもの。

草を編んでつくった窓

草を編んでつくった窓(2017)Fuku Ikeda, ink, hair pin, paper, paper board, Handmade book size: L16xW25.5xH4cm
草を編んでつくった窓(2017)Fuku Ikeda, ink, hair pin, paper, paper board, Handmade book size: L16xW25.5xH4cm

Feel the wind

 (2017)Fuku Ikeda, mineral pigment, ink, paper, paper board, hair pin, book size: L16xW22.5xH4cm
(2017)Fuku Ikeda, mineral pigment, ink, paper, paper board, hair pin, book size: L16xW22.5xH4cm

ぼんやりながめる、窓をながめる

古い民家の窓たち。

窓に差す光をぼんやり見ています。

ここは井戸端。

今も現役の井戸があります。

水場は小さな神様の棲み処です。たくさんいるかな。どうでしょうね。大人の私には分からない。

青い窓の光。

静かになるのは、耳をすますからでしょう。

 

私は、こどものころ祖母によく買ってもらった和菓子を思い出しました。夏の和菓子で砂糖がけした透明な硬めの寒天菓子。見て涼しげなお菓子で、食べると砂糖がしゃりしゃりして。

 

不思議な世界がこの光には潜んでいますね。また、いつか言葉や音にしたいです。

これも水場の窓です。今は使われていないお風呂場です。

水場の窓は、その空気がもつ水分のせいで、見ている私自身が音のない沢にいるみたいな気分になっていて、それでますます静けさを感じます。おそらく、遠い昔の、哺乳類よりももっともっと前のころからの記憶で、水辺の暗いところの静けさが身体に沁みているのだと思います。

さっきも出てきた窓ですね。井戸端の窓です。この窓の神様は、おそらく陽気な神様です。楽器を持っているとしたら、何を持っているでしょうね。私はしゃんしゃんっていう鈴だと思うな。きまりなく、きまぐれにならしていると思う。

空を切り取るものは、窓と呼んでいいでしょう。

お風呂をたく煙突と屋根でできた窓。初夏の空。まだ青い光の窓。もうすぐ夕暮れ時をむかえる。

稲の種を蒔く

奈良県橿原市観音寺町から望む葛城山 photo by Fuku Ikeda  Apr. 29, 2017
奈良県橿原市観音寺町から望む葛城山 photo by Fuku Ikeda Apr. 29, 2017

本日無事に苗代作業を終えました。無事発芽しますように。

田んぼは今レンゲ畑。レンゲの根っこは天然の肥料です。最近、レンゲを使ったお米の栽培に取り組む田んぼがふるさとで増えてきました。私たちの田んぼでは近くで養蜂をされている農家から種を頂いてまいています。ミツバチがいっぱい蜜を取っていました。かわいいですよ。私たちは、毎年蜜を頂きます。花が終わるとすぐ耕して田植えの準備に入っていきます。

 

畑の作業

明日の販売の準備。春菊を摘んで洗う。すべての畝の春菊を摘んだ。もう、春菊も終わりですね。

 

精霊のすみか

最近、「精霊のすみか」をさがしています。どういうところでその存在を感じるかなとアンテナをたてています。今日行ってきた田原の山と自然の中には、いっぱいいました。相当堂々と。大量の鳥の声がシンクロして響いたとき、まるで大きな一羽の鳥の声のように聴こえました。そして、特に、あの竹藪のなかで感じたものは強かったです。何かが見えるとかではないですが、私自身がとても静かになって、人知を超えた畏れるべきものの存在を感じるというか。

 

けれど、どうかな、自然の中以外でも私は見つけたことがあります。例えば、古いガラス窓。蔵の二階の古道具の中、あの糸車とか。街中でもあります。古い民家の窓。放置された植物に食べられそうになっている窓。錆びた歩道橋の下の暗い処。こういう場合は、小さなかわいらしい愛すべきものの存在であったりします。妖精のような、これも「精霊」だなと思います。ちょっとひとことでは説明できないですね。

 

子どものころ、読んだお話で、そういうものの存在を感じたお話はたくさんありました。小川未明とか。安房直子さんの作品も。届かない思いが描かれているような気がしました。届けたかった人に届けられなかった思い、伝えられなかったことを心のどこかにひっかけている登場人物がいました。そのひとたちは、精霊のようなものに助けられて、思いを時空を超えて精霊に伝達してもらうような、そんなお話。淡い感覚ですが。

 

ちょっと大きくなって小泉八雲にはまって、この人のものとなると、かなり、はっきりと精霊の存在が記録されています。小泉八雲さんは、その観察眼からしてすごい人で、これは別の話でまた書きたいと思います。いや、やっぱり、ここに書きます。彼がアメリカで新聞記者をやってたころの著作を読んだことがあって、その時代のアフロアメリカンたちの音楽について書いているのを読んだことがあります。いわゆる、ブルースについて。彼は、誰かほかの人の価値観を借りてものを見るんじゃなくて、その時の自分自身が素晴らしいと感動したことをそのまま素直に言葉にできる、偏見のない目を持った人です。その記述を読むと、そのころのアフロアメリカンの人々の決して楽ではない生活のなかで、演奏されている音楽の素晴らしいグルーブが聴こえてくるようでした。こういう目をもった人が、明治時代の日本にやってきたんだなと思って、今もその呼吸が残っているなと思うのです。もちろん怪談もいいですが、日本に来る以前の著作に考えさせられるものがありました。全然関係ない話になりましたが、でも、そういう彼が、「精霊」や説明できない不思議なものに強い興味を持っていたことは、決して無関係ではないと思うのです。

 

大自然から、小さな身の回りのものにまで宿る精霊や、神様は、こちらの、私の心次第で感じられるものだと思います。私は時々増長して、調子に乗って、まるで自分というものが「ある」かのように感じて、謙虚さ失うことがあります。そうなると、もう何も感じられなくなる。すべてがどうでもいいものに感じてしまいます。けれど、外へ出て、草むらへ行って、仰向けに寝て空を見て、鳥の声を聴いて、それをマネて歌っていると、また、そういう感覚を思い出します。気を付けないと忘れてしまうようなことなのです。自戒の念も込めてですが、私はこちら側の人間でいたいと、最近強く思っています。つまり、説明できないものや、届きそこねたねじれた思いを届けてくれる淡いものとともにいられたらと、こちらの側にできるだけ長くいられたらと最近、折に触れて思うのです。

例えば、こんな建築物に遭遇したら…

子どものころから、ずっと身近にあったミキサー&ジューサー。但し、ジューサーとして機能しているのは、見たことがない。

 

私には、これは建築物にしか見えない。子どものころから、これは、建築物にしか見えなかった。重厚な謎の構造物(やたらに重い)。いくら眺めていても飽きない。どこが入口かなとか、どういうふうにこのパーツそれぞれが関連するのか、どういった建物なのか見当もつかなくて、いくらでも眺めていられたのでした。今見てもその印象は何も変わらない。

 

いろんなシェーキを母がつくってくれました。イチゴがいっぱい取れた時はイチゴシェーキを、バナナシェーキは年中。キウイがいっぱいできた時のキウイジュースは酸っぱかったですが、本当に爽やかな黄緑色でした。チーズケーキの材料を混ぜるのにもよく使っていました。それで、やっぱり、壊れていても捨てられないです。

「能」のイメージにのせる即興演奏

私は、能、狂言が、大好きです。若いころ興福寺で、薪能を何度か見たのですが、この場でそれを聴ける喜びは特別なものでした。総合芸術ですね。あんなシンプルな方法で、あんな世界が描けるなんて、見るたびに震えます。大鼓(おおつづみ)の音も大好きです。

 

あれを、パーカッションと声の即興でいつか必ずやりたいと思い続けています。

言葉のない朗読会で、お能の演目のようなものをやりたいと、思ってきました。

今ある演目をもとに演奏してもいいですし、私が今歌ってこの世と交差させたい精霊を設定してもいいですね。現代のこの世界に、交差させたい精霊。何かな?どんなものに、皆さんはこの世で舞ってほしいですか?

 

私の音楽は、ただ綺麗なものを爽やかにやるようなものではないです。濃くて、どろどろしてて、時々噛みついて、吐いて、そんなものも含んでいる。けれども、静かなものです。私が即興演奏をするとき、いつも大切にしていること「静寂のなかのリズム、リズムのなかの静寂」は遠いところにある特別なものではなくて、土のにおいのする、だれの身体にもあるものです。それを、どんなイメージとつないで、観客の皆さんに聴いていただくかが、大切になってきます。それで、ちょっと「能」の世界にあるような、異界との交差を含むイメージに一度のせてみたいなと、思いはじめています。

 

題をつける

苔の上に浮いているミルク (2017) Fuku Ikeda, Japanese paper, paper, 27x27cm
苔の上に浮いているミルク (2017) Fuku Ikeda, Japanese paper, paper, 27x27cm

苔の上の無重力を体感しているミルク。

 

私は、学生のころから、理科特に物理学に興味がありました。仮想空間に透明なベールをふわっと置くと、山や谷が出来て、その山にボールを置くと、さあ、どっちに転がる?みたいなのを計算する話を聞くのが、学生のころから大好きでした。意味は、よく分からない。数式もよくわからないのですが、イメージが好きでした。磁力線など目に見えない構造、存在の一律でないムラに興味があります。物理の実験では、シンプルな実験が大好きで、今でも忘れられないのは、細いガラス管から水の粒を一定に飛ばして落下させ、何秒間隔だったかストロボをたいた時、透明な水の粒が空中に静止したようになって、放物線を描いていたのが夢のようでした。

 

音楽で即興演奏をするとき、物理で考えていたようなイメージをもってやっているときがあります。例えば、液体が球体になって無重力に浮いたような。上の苔の上のミルクの球体みたいなものを。

 

作品名は、重力や浮力などを意識したものが多くなると思います。無重力を感じるイメージも、大切にしたいと思っています。それから、身近にある自然。

空のたね

空のたね

 

その色の空をつくるたね

このたねを植えると

その色の空ができる

 

 

 

本をひらくと、5つの封筒それぞれに空の色をつくるたねが入っています。これらのたねで5色の空をつくれます。

絵本サイズ:16x22.5cm 

 

理科部屋

理科が好きです。実験や観察と、宇宙のいろんなこと、フィールドワーク。たいしたことはしないけれど。身近な自然のドキッすること、怖くてゾクゾクすること、素敵すぎてゾクゾクすること、いろいろ。私の日常。

 

学生のころから理科が好きで、すごく楽しかったことを最近よく思い出して、またいろいろ興味が湧いてきています。地球物理学で、地下水の湧出域(湧き出すところ)や涵養域(沁みこむところ)なんかを詳しく調べたりしていました。水辺が好きです。池や川や、水の張った田んぼ、井戸、基本的に淡水が好きで、今でもどこか歩くたびに水をのぞき込む癖があります。青や緑の深い水に黒い大きな鯉が泳いでいるとゾクゾクします。池で鯉を見るとどれが「夢応の鯉魚」かなと思って見るのです。これは、雨月物語に出てくるお話で、人が鯉の姿になって琵琶湖を泳ぐ話なのですが、私も夢応の鯉魚になって、琵琶湖を泳ぐのを想像するのです。一番深い谷とかこわごわ探検したいな(最大水深-103.8m、平均水深-41.2m)。でも、私の肝では無理かな。たぶん、明るい処でぷかぷかして目がさめるでしょう。

 

理科に戻って、私が最近持っている疑問があって、「数字って何だろう。科学的な証明がどこまで信用できるんだろう。」と。実は、私は理科が好きだと言いながら、科学に懐疑的なところがあって…。自然を観察し、自然のなかの一部として生きる人間の知恵として科学があるのなら私はこんな疑問を感じないだろうと思います。自然界の大きな現象の一部であるのなら、それもそのまま受け入れようと思います。けれど、今の科学のなかには、人間の「頭のなかの世界」で自然を管理しようというような、自然のありようを受け入れることからは離れていっているような嫌いがあって。こういう世界が実現するなら、いろんな小さな神様や、精霊の棲み処が、私たちの目から見えないところに消えていくように思います。安全と衛生的であることと、効率の良さは大切なことです。でも、何か、ほかにも私たちの身体に必要なものがあるかもしれない。予測だけど、たぶんそれはあまりお金にならないものなのだと思います。だからこそ、後回しになっているのかもしれない。この疑問が的を得ているのか、外れているのかも含めて、考察していきたいです。

 

私たちの身体は、物質でできています。だから老化もするし、同じことをやりすぎると疲弊もする。必ず、終わりが来ます。どういうわけか、こんなに複雑な機能と骨格を手にして、そこらを歩き回っているけれど、考えたら奇跡的なことで、でも必然的なことだとも思える。人間の身体は自然から生まれたものです。生き物や緑の不思議な世界のなかに私たちの身体も入っているはずで、一方また、私たちの身体の中にも進化の過程で触れてきた海や緑の世界、そのリズムや音が潜んでいるはずです。そんなことを意識してこの世界を観察したいなと思うのです。

 

 

 

 

 

 

数字について

 

 

数字って何なのかなって思います。時間によらずいつでも成立するものってあるのかな。私は同じ時間を2度味わったことはないし、言葉で書かれたものも読むたびに違う感じ方をする。もしかしたら、数字や数式もその時と場所で変わっていくものかもしれない。数字の感じ方ってどんな感じ?自分でも分からないな。数字で言われると、どうしてそんなに手放しに納得しているのか不思議です。昨日の夜聞いた数字を、今日の朝も正しいと思っているけど。

 

数字は確かだということを、疑ってみたいな。なんとなく、なんとなく、これが曲者なんじゃないかと実は思っています。頭(大脳新皮質でしょうか)の世界で、ものごとを管理する、コントロールするということを随分この’数字’が助けてきたと思います。人間の’可能’をつくってきたように思います。でも、これがさほど確かでないと分かったら、随分気楽になるのにな、なんて。

 

私はランダムというものに興味があって。数字はランダムに散らされて、初めてその本領を発揮するような気がします。つまり、遊べる気がします。私たちの身体に馴染んでくれるような、私たちと対等な関係になってくれるような。ランダムに散った数字をもとに考えるのなら、空間が広がる感覚を覚えるのです。数字も時間に沿って刻々と動いているのではと。そういうものだと思って数字を扱った方がもっと自然界に合った、私たちの身体に馴染む科学になるのではと。逆に、数字のまま、数字を使って何かを語られたり説得されたりすると、時々窒息感を感じます。それ以上、考えが発展しそうにない窒息感。なんでかな。

 

数字が不確かで、さほど信用できないと、数字の世界で証明できたら一番いいのですが。数字に私たちの生活がかかっているのなら、ずっとこのままなのでしょうか。数字と家族を養うことはかなりつながっていますから。そういう風に歯車が回っている限りは、それに合わさざるをえないのでしょうね。

 

自然の中に身をおくと、上に書いたようなアンバランスがほぐされて治る気持ちがします。山とか木とか、水辺とか。数字との接し方は、正直私自身の個人的な問題なのです。

 

 

 

 

 

畑の作業

今日の作業。里芋の植え付け。玉ねぎの草取り。

モグラ。死んでいた。

一緒に作業するフレンチシェフの卵焼き、本当に美味しいです。海苔が「の」の字に入っていて、青のりも入っていて、磯の香りがします。人生の先輩方のお話は、どこまで真面目に聞いていいのか、ちょっと戸惑う楽しい他愛ないことなのでした。

文様

宙を舞うリズム (2017) Fuku Ikeda, mineral pigment, 52x37cm
宙を舞うリズム (2017) Fuku Ikeda, mineral pigment, 52x37cm

即興でジェンベなんかを演ると、いろんなリズムパターンが無限に現れます。これが楽しくてたまらないです。私は、たたくのが好きなのです。ピアノも、私にとっては打楽器の一種です。88個の金属音の出る木の棒が並んでる。リズムを2次元で形にするなら、こんな感じになっていきます。文様を描くのが大好きです。音楽であれ画であれ。

作宝楼新聞

作宝楼新聞 既刊分(一部除く) 無料PDFダウンロードできます。」とのこと!是非、読んで笑って下さい! 私が尊敬する奈良女(ならめ)さんが編集されている奈良時代の続日本紀をもとに綴られたパロディー新聞です。奈良女さんは4か国語を話される才媛で、奈良時代に生きるネイティブ奈良時代人ですが、現代の畑でもちょくちょくお会いするような気がします。パロディーって、身体にいいと思います。特に精神の健康に良いと思われます。笑うことを目的にした、我々庶民の遊びです。私は歴史とかよくわからないのですが、初刊から大ファンです。長屋王にまつわる人々を描いた連載小説も充実。私は広告欄が好きです。特に求人情報が楽しい。それから、荘子の人生相談も。読むたびに、へへっと思う。小気味いい。どれが本当でどれが嘘かだんだん分からなくなってきます。実社会の「信頼と実績」という言葉まで、信用して大丈夫かな?と警戒しはじめる(笑)。当工房の広告も載せて頂いています!ラジオ平城京に出演希望!

 

春の色

 

菜の花を茹でるゆで汁の色こそ春の色だと思うのです。

境界から滲む

見たことのない鳥の声を真似て歌う (2017) Fuku Ikeda, Japanese paper, 29x37cm
見たことのない鳥の声を真似て歌う (2017) Fuku Ikeda, Japanese paper, 29x37cm

天然酵母でパンを焼く

いつも、お世話になっている奈良にある6坪の本屋さん「とほん」さんが、パンのイベントを企画されているとのこと。出品できるものがあったら参加したなと思っています。上は、レーズンを使って天然酵母を起こしてカンパーニュ(田舎パン)を焼くとりさんの絵本。

 

パンカフェをやっている友人のお店(パンカフェ ハルソラ)が舞台です。

畑の作業

今日の作業。ひきつづき玉ねぎの草取り。3畝。収穫は5月から6月。

 

4月22日(土)西大寺マルシェにて野菜販売予定。

Song for the Wall in the basement

上段左から白い螺旋 (2017) Waxed paper/ 静まる (2017)Japanese paper, Japanese paper/ リズムがはねる(2017)Japanese paper/ 下段左から リズムの湧きだすところ(2017) Japanese paper/ Untitled (2017)Japanese paper
上段左から白い螺旋 (2017) Waxed paper/ 静まる (2017)Japanese paper, Japanese paper/ リズムがはねる(2017)Japanese paper/ 下段左から リズムの湧きだすところ(2017) Japanese paper/ Untitled (2017)Japanese paper

数珠繰り(じゅずくり)

私のふるさとでは、特別な日に、直径2mほどの大きな数珠のまわりに近所の15、6人が車座になって、”南無阿弥陀仏”と唱えながら、その数珠を100回まわす風習があります。終わるまで結構、時間がかかります。おそらく、30分くらい。7月24日の地蔵盆の夜(私の村では旧暦のままの日付でお祝いします。通常は8月24日が多いようです。)と、人が亡くなってから49日目の日にこれをします。

 

これが、とっても面白くて。そのリズムは3連裏拍ノリになって(つまりSwing Jazz)、しかも、皆がノッてくると、数珠がいきものみたいにバウンドして波打ちます。持って回していると手が痛いくらいになってきます。私は子どものころ参加した時に、よく数珠から手を放して、数珠がびょんびょん波打ちながら目の前をとおり過ぎるのを見ていました。

 

おそらくですが、土着のリズムは、たいていこういった共同作業から生まれたのではないかと予測しています。今の例は大きな数珠でしたが、例えば「大綱とび」にも、独特のリズムがありますね。呼吸を合わせて中に入って、その呼吸さえ外さなければ出入り自由です。当然、綱に働く重力と回す人の呼吸とが相まってリズムが生まれるわけですが、土(Earth)から生まれるリズムというのはたいていそういうものかなと思うのです。私は、そういうものに興味があります。人間の頭のなかで記号を使って作ったものより、体と土から生まれてきたような、無理なく存在し続けているものに興味があります。リズムは、祈りと密接な関りがありますが、そういうものが大切な人を亡くした悲しみを和らげたりするのでしょう。お経を唱えるのも、亡くなった人のためとはいえ、実質的な機能としては、残った人の癒しにつながるからするのかなと思うのです。

ふるさとの畑

2日間のふるさとでの畑の作業。

秋冬の野菜も終わり、夏に向けた畝づくりに入った。

まずは、樹木の如く育ったブロッコリーをすべて抜く。そして、その下のマルチ(黒いビニールシート)を取る。この作業のあと、去年のミニトマトの支柱などを抜いて、同じくマルチをとる。夏のスイカ畑に備える。

作業中にジョウビタキのオスが登場。マルチをめくった下には、虫がいっぱいいる。しばらくして、モズのオスも登場。

 

土筆もいっぱい発見。ヨモギをつんで塩の効いた薄いころもの天ぷらにした。春の香り。

終日冷たい風が吹いていた。

畑の作業

今日の作業。玉ねぎの草取り。玉ねぎは一番雑草を嫌う野菜だと教わった。丁寧に草をとった。

 

 

畑の作業

今日の作業。あさっての販売に向けた準備。小芋を洗って、選別して、袋詰め。チンゲン菜、ほうれん草、大根、畑にあるすべてを収穫して、袋に詰めるなどした。

 

きつね

先日、畑で出会った友人は、その畑でキツネを見たというのです。なんてことだ!私は、身近に住む”生”ギツネにはまだ会ったことがないのです。会いたいな。しっぽが体くらいあって、顔がとがってシュッとしていたそうです。

 

私は、アーティストのでんがみさんのファンです。去年の”はならぁと”(奈良にある町家を会場にして行われる芸術祭です)で出展されていて出会ったのですが、最高でした!最高です!私がそこで目撃したキツネはタコみたいなのと将棋をさしていました。あそこに、一日中座っていたかったです。アニメーションってこんなことができるんだなあって、しばらくぼんやりしていました。

 

畑の作業

今日の作業。野菜の収穫と袋詰めなど販売の準備作業。小芋を30株ほど掘る。チンゲン菜も収穫。

 

 

畑の作業

今日の作業。ルッコラの黄色い葉っぱをきれいに取り除き、緑の葉っぱにしっかり日が当たるようにした。

トンネル

Graphic artwork by Fuku Ikeda
Graphic artwork by Fuku Ikeda

魔方陣


漢詩を作りました。疲れました。

魔方陣を漢字でつくるような作業でした。

五言絶句です。右の図の漢字の横にある□が音を表しています。漢和辞典をひくと載っていて、それをメモしていきます。漢字の読み方には、抑揚のない平声(ひょうしょう)○と上下に抑揚をつけたりこもった音を出す仄声(そくしょう)●というのがあるそうです。その並べ方にちょっとしたルールがあって、それに従って漢字を並べていきます。例えば横の並びで見た時上から2番目の列が、○●●○ときたら、4番目の列は●○○●となるように並べます。また、2句目と4句目の最後は同じ音で韻をふむようにします。このような音のルールにしたがって並べるのは、唐の時代にできたものでそれ以前からあった自由な作り方の古体詩に対して近体詩というそうです。ああだこうだと並べ替えて、4、5時間、辞書と格闘しついに完成です。

 

漢詩をつくって楽しいのは、漢字の音をそろえるなかで、作者が当初意図しなかった意外な景色に仕上がることでしょうか。漢字の意味も舐めまわすようにつくるので、漢字を含めて言葉が立体的になっていく気がしました。

この詩の意味は、以下。

 

梅の枝が青い空に向かってのびていて、

輝く太陽は、ゆっくりと動いてゆく(昼間はそろそろと過ぎ去ってゆく)。

うつらうつらと見た夢は広々と果てしないもので、ひっそりしていて、風も無かった。

ただ誰かが打っている小さな鼓の音だけが響いている。

 

平城京跡をイメージしてつくりました。あそこに梅の木がたくさんありますね。この前そこでジェンベをトンとやったら気持ちよかったです。

畑の作業

今日の作業。

まず、木くずなどを発酵させたものに、干し草などを少々混ぜた。天然の肥料。

まだ若いレタスの畝にそれを置いていった。

明日は、そのレタスの上に小さなカバーがかかるはず。あたたかく冬を過ごしてもらうために。

 

畑猫ちゃんに餌をあげた。チシャネコみたいに大きくなっていた。冬毛になったのかな。

気持ちいい、快晴だ!12月とは思えないほどしっかりとした日差し。

 

香るスパイス

大阪のCalo book shop & caféでの展覧会、ライブも無事に終わり、お越しいただいた皆様にこころより御礼申し上げます。

 

今日午前にCaloさんより、私の作品の残りが届きました。本を開けるたびにCaloさんのカレーの香りがします。荷をほどき、スパイスの香りを反芻した後、楽しい展覧会会期中の記憶とともに、終わったんだな、ちょっと寂しいなと、思うのでした。

ごみまみれ

早朝2時半、22日から始まる展覧会の準備をしていると、工房の作業台にカゲロウがやってきてクルクルまわったり、羽をパシャパシャしたりして騒いでいました。調べるとオオクサカゲロウでした。

 

子どものころ、友達がアリジゴクをいっぱい飼っていて私は遠巻きに見ていたけれど、その時にこれはウスバカゲロウになると教わりました。今調べてみますと、アリジゴクのウスバカゲロウは、いわゆる「カゲロウ」とは縁遠い、また違う全く別の虫だそうです。「カゲロウ」と名の付く昆虫で、私が話に聞いたり見たりしたものでは以下のようなものがいます。

 

<成虫の期間が1日しかない、いわゆる”カゲロウ”>

カゲロウ目に属する昆虫の総称。卵のころから水中で大きくなる。成虫は軟弱で長い尾をもち、寿命が短い。

 

<ウスバカゲロウのなかま>

アミメカゲロウ目ウスバカゲロウ科の昆虫またはその一種、ウスバカゲロウを指す。ウスバカゲロウはアリジゴクの成虫。2-3週間は飛ぶそうです。カゲロウ目とは縁遠い虫とのこと。

 

<クサカゲロウのなかま>

アミメカゲロウ目クサカゲロウ科に属する昆虫。木の棒きれなどに卵を産んで、幼虫はアブラムシやダニなどを食べて陸上で育ちます。クサカゲロウのなかまも1日しか飛べないというわけではないようです。

 

「カゲロウ」ややこしい。昆虫の分類方法に興味を持ちました。

 

 

 

私はクサカゲロウの卵の形状が好きです。木の格子戸などでよく見かけます。見つけた時に幸せな気持ちになる卵です。2cm位のてぐすのような透明な糸が一本ピッと立っていてその先に白い卵が1つ付いています。風でふぉよふぉよしますが、柔らかくしなって強いです。この卵のことを「優曇華(うどんげ)の花」と呼ぶそうで、夏の季語にもなっています。

 

今回の調べもので最も興味をもった記述(Wikipedia)は、「クサカゲロウの種によっては幼虫のころ、背中に様々な植物片や捕食した昆虫の死骸などを引っ掛け、背負う習性をもつものがいる」ということです。埃やごみを背負った幼虫の写真も載っている。(参照:Wikipedia「クサカゲロウ」)何なんだ。これは。この行動はアリなどの攻撃から逃れるためのカムフラージュであると言う説があるようですが、私はまた違った説を思いつきました。飽くまでも、素人の予想ですが、ごみを背負っているうちに、背中のごみのなかにダニが湧いて、つまり、ごはんが背中で生まれて、それを食べているのではないかと。ただ、海外のクサカゲロウの幼虫で砂粒を背負っているものもいるらしく、こうなると、私の説では役に立たないですね。クサカゲロウ、Chrysopidaeのなかの分類項目に「通常型、naked」と「塵載せ型、debris carrier」とあります。「塵載せ型」なんてかわいらしいし、滑稽で、真面目に聞いていていいのか少し不安になる。これから、外で、動くごみや埃があったら注意して見ます。ごみまみれのクサカゲロウの幼虫に是非会いたい。どの塵を載せるか思案している幼虫、載せた塵のことを後悔している幼虫(背負った感じが気に入らないとか、せっかく背負うならもっとグロテスクなものを…等々)いろいろいそうです。

 

さて、工房の机のオオクサカゲロウはプリンカップで捕まえて今、外に逃がしました。今日は外が冷えますね。

 

オリオン座に カゲロウ放つ 夜更け哉

畑の作業

今年の新米も無事にできあがって、幸せな時間です。

今日は、また、畑。早生の玉ねぎの苗を300本ほど植え付けました。明日は雨の予報なのでちょうどいい。

パロディー

当工房が広告でお世話になっている”奈良時代の市井の人々の息づかいを伝える「作宝楼新聞」。その作宝楼グループのうち作宝楼不動産レジデンシャル のチラシが傑作です。思いつくまま、すぐに形に!逞しい想像力。作宝楼新聞は、続日本紀をもとにしたパロディーですが、年代や事柄は史実に基づいており、大変読み応えのあるものです。特に荘子による人生相談は興味深いです。ちなみに、当工房の広告は、’まだ生きてる人’の広告枠でご覧いただけます。

今日は休む

連日、何やらかやらで、ちょっと休まないといけないと思い、今日は何もしないことにしました。奈良へ出て、ミジンコブンコさんへ行き、民話やきのこの本やデザインとDIY家具の本などを読みました。チキンカレーを食べて、芸術家の顕在家はなさんにお会いしてお話しできました。本当にリラックスして次のことを考える元気を得て帰りました。ミジンコブンコさんではなぜあんなに本が読み進むのかといいますと、BGMを意識しなくていいからです。不思議な音がなっていますよ。聴きに行ってみてください。なぜかよく本が読める。

 

現在、ミジンコブンコさんでは3人展「ならとであって」が開催中(11月3日~23日)。

秋の落書き

GRAFFITI of AUTUMN (2016) Fuku Ikeda
GRAFFITI of AUTUMN (2016) Fuku Ikeda

BEAT IN GLASS

BEAT IN GLASS (2016) Fuku Ikeda, Graphic artwork
BEAT IN GLASS (2016) Fuku Ikeda, Graphic artwork

ノリ

先日、参加していたイベント会場に来られたお客様(通りすがり?)、いいかんじのおじいさんでしたが江州音頭を私のそばでやってくださいました。江州音頭とは、滋賀県を中心に近畿各地で盆踊りに用いられる音頭です。持っていたジェンベで合わせましたが、リズムの感触はかなりファンキーでした。ダンス音楽なので背中からの跳ねっかえりはしっかりしていました。その方のお話では、「このあたり(大和八木)一帯、田原本、郡山(すべて奈良の地名)あたりは昔はみんな江州音頭やったな」とのことで、これでみなさん踊っていたようです。

 

詳しくはないのですが、若いころに民謡にふれる機会がありました。20代のころ隠岐民謡のお師匠さんとお仕事をさせていただいたことがあり、その時に聴いた音とリズムが忘れられないです。今も時々口ずさむ静かな民謡「浄土ヶ浦小唄」というのがあり、その歌詞も印象的です。旋律も哀愁があって素敵です。

 

キツい裏ノリのファンクや裏が回り過ぎて表にかえるようなラテンに染まってきた者として、あらためて各地の民謡を聴かされると感動します。ものやお金のないなかでも充分に楽しめる、深くたわむリズムです。感触は先に書いた通りファンクに近いものがあります。明治維新を期に学校での音楽が西洋化されましたが、そのころは西洋音楽のシステマチックなところを取り入れたい一心だったのでしょう。しかし、それはまだまだ固有のリズムが息づいていた真っ只中でした。でもそうやっているうちに即興的な謡やそれを載せるためのリズムを体に入れる機会が少しずつ減ってきて今に至っているのでしょうか。いつから、世間でもてはやされる音楽が裏ノリでなくなったのかなあと思います。

 

 

封緘(フウカン)木簡

封緘木簡 Sealed wooden tablet made by Castle Magic Studio
封緘木簡 Sealed wooden tablet made by Castle Magic Studio

先日、ひょんなことから平城宮跡資料館に入り込み、実物を見てそのデザインに感銘を受けました。早速工房に帰って板紙と和紙で製作しました。

 

この「封」の文字が乱れず届けば秘密は守られています。

 

2枚の木簡の間に文書の和紙を挟み込んで上下に封がしてあります。下半分は削られています。「ここを持って届けてくれ。’封’の字には触れないでくれ。」というデザインです。素晴らしいではないですか。

 

作宝楼新聞社にはやくお届けしたい。

ちなみに、大切なことが書いてあるから封をしたのではなく、馬鹿げていて恥ずかしいので封がしてあります。

畑の作業

今日は、まずジャガイモの草取り。そして、ルッコラの種まき。最後にサツマイモの収穫作業。ツルを鎌で取り払いスコップで土を掘り返した。立派なおいもがたくさん出来ている。いくつか、スコップで傷つけてしまったものを持ち帰り、薄く切って素揚げしてあめを絡め、ゴマをふって食べた。幸せな秋だ。

 

畑からの帰りに、むかごを袋いっぱいに持っている方に出会った。これは、むかごご飯にしますとおっしゃっていた。

別の袋には烏瓜がこれもいっぱい入っていた。

 

コナラ

近所でコナラのどんぐりを拾う。まだ、青いどんぐり。家に持ち帰り、少し手を加えてストラップに仕立てた。まず、帽子を割らないようにそっと外して、帽子に小さな穴をあけ、そこに細い針金の輪を入れる。接着剤にてもとどおりに帽子をどんぐりに被せなおして固定。仕上げは、針金の輪にジュートひもを通して完成。9月24日(土)の大門玉手箱でご購入頂いたお客様にプレゼントできたらと思います。

 

つくるときに、青いどんぐりの帽子のなかに指を入れると、ねっとりと湿っていました。”アク”を感じました。同時に本当に他人のとったばかりの帽子に手を入れたような気持ちになりました。

 

青どんぐり 帽子のうちに 息の残れる

 

コナラのどんぐりストラップ

Bubbles

GRAFFITI of SUMMER (2016) Fuku Ikeda
GRAFFITI of SUMMER (2016) Fuku Ikeda

Structure of Light

Structure of Light (2016) Fuku Ikeda, Paper, W218xL308xH182cm
Structure of Light (2016) Fuku Ikeda, Paper, W218xL308xH182cm

アオバズク

午前3時、アオバズクが鳴く。

「ふぁ、ふぁ。ふぁ、ふぁ。ふぁ、ふぁ。ふぁ、ふぁ。」と鳴く。音程はすべてF。

夏の講習

2016夏のワークショップ。パンカフェ「ハルソラ」にてご予約があり、ひな形を製作。夏のカード2種を製作デザインするクラフトワーク。

Envelope Curves

Envelope Curves (2016) Fuku Ikeda, Graphic artwork
Envelope Curves (2016) Fuku Ikeda, Graphic artwork

A♭

ヒヨドリ(春~夏)※♩≒60
ヒヨドリ(春~夏)※♩≒60

ずっと気になっていた鳴き声でした。一体誰が鳴いているのかなあと。

と、いいますのも、音程をしっかり維持して鳴いていて、難しいことをするなあと前々から感心していたからです。

多少の変化はありますが、最初のA♭の音は完ぺきに維持して鳴き続けます。

聴いていると、「5度上のE♭を出したいんだけど、なかなか音程があがらないよ~!!やった!最後ちょっとだけ出た!!あ、でもまた最初から…」みたいに聴こえます。延々と発声練習を繰り返す、ほほえましい鳴きです。

 

今日この声の主の正体が分かりました。鳴いているのをこの目で見ましたよ。ヒヨドリでした。

秋や冬に聞く鳴き声とは全く違うものです。メスを呼ぶオスの声でしょうか。でも、気楽に鳴いている風でした。

 

気になったのでYouTubeで同じ鳴き方探して聞き比べたところ、どの個体もA♭から始めています。

A♭の音程が本能的に備わっているのか、喉のつくりがA♭から始めやすくなっているのか、分かりません。

でも秋や冬に他の音でかなり自由に鳴いていますから、

喉のつくりが音を決めているというのは当たらないかなあと思います。

私の予想ですが、A♭から始めるこの謡でないとメスはときめいてくれないのでしょう。

つまり、狙った音程で歌っているのだと思います。

祈りの音

橿原市観音寺町に伝わる中陰和讃
橿原市観音寺町に伝わる中陰和讃

私のふるさと、橿原市観音寺町に伝わる「ふし」のひとつに、「中陰和讃」というものがあります。故人を弔うお経として唱えられてきたものです。どこか遠い、澄んだ響きのあるふしです。ひちりきを連想させる響きです。Wikipediaによると、「和讃の原型である「讃歎」(「仏教讃歎」、「讃談」とも)は、古く奈良時代にさかのぼる」とあります(参考:Wikipedia 和讃)。

 

 

 

Pickle Plums

After finishing planting rice, we are starting to make pickled plums. We preserve plums in salt water with "aka-jiso", or red perilla. Perilla is said to prevent food from going bad and dispensable to make pickled plums. It has a strong aroma and gives plums beautiful red color. I found its liquid's red or pink color so beautiful that I couldn't drain it and put it on a piece of Japanese paper. I also put a little Indian ink on it. It's an early summer color in Japan. I wish it won't fade, but maybe it will.

しその香

梅を漬けるための赤じそを塩でもむ。紫色のしぼり汁に去年作った梅酢をくわえると美しいピンク色に変わる。あまりにきれいなので、墨汁を少し落とした半紙をそれで染めました。初夏の色です。

早苗饗:さなぶり

 

すべての田植えが終わり、これから本格的な夏が来る。

 

Thanksgiving for planting rice completed

 

It's been the busiest season for rice farmers for a week. Finally we finished planting rice seedlings in fields last week. We wish that all rice plants in our village will grow without any harm.

畑の作業

今日の作業、

春菊の草取り、バジルの草取り。

 

ホトトギスがひっきりなしに鳴いている。

「てっぺんかけたか!てっぺんかけたか!」。

ぴょこぴょこした音です。リズミカルで楽しい。

でも当の本人には真剣な恋の叫びでしょう。

 

  

GRAFFITI

 GRAFFITI   (2016) Fuku Ikeda  14.5x20.5cm
GRAFFITI (2016) Fuku Ikeda 14.5x20.5cm

未来の北極星

午前3時45分、南の空を望む。

 

西に土星が黄色くみえる。ちょうどアンタレス(さそり座)が地平線に沈んだところ。

 

南に顔を上げると、アルタイル(わし座)、ベガ(こと座)。

 

ベガは未来の北極星。

今はこぐま座α星ポラリス(Polaris)が北極星で、この星が地球の自転軸の延長線上にあります。

でも地球の自転軸は、独楽(こま)に似て、円を描くように振れています(地球の歳差運動 Axial precession)。

そのため、自転軸の延長上にある星、つまり北極星はどんどん違う星に代わっていきます。

 

約12,000年後、このベガ(こと座)が北極星となって星空の中心にきます。

 

未来の北極星ベガと現在の北極星の位置を比べると、地球の歳差運動の規模の大きさを体感できます。

 

私もはじめてその説明をきいて、ふたつの星の位置をみくらべて、自分が乗っている独楽が振れるのを想像しました。

Peace

Jazz ピアニスト、ホレスシルバーの名曲です。

彼の音を聴くと、人間に生まれてよかったなあと、心から感じます。

 

生きている時間なんて宇宙の物理や時間で言えば、一瞬です。実際、リアルに”一炊の夢”だと思います。80まで生きたとしても、出会える人の数は数えられるくらいで、その人とかわせる言葉にも限りがあります。あっという間です。動いていられるのは。 

 

必ず終わりのある夢だということに、いつも気づかされます。生きているのは奇跡で、ここにいるのも偶然ですね。彼の音を聴くといつも思います。

 

Peace:

4th track from Silver's "Blowin' The Blues Away" album. Originally released on Blue Note (84017). Horace Silver (piano); Junior Cook (tenor saxophone); Blue Mitchell (trumpet); Eugene Taylor (bass); Louis Hayes (drums)(You tube より)

Blue Mitchell のトランペットはいつも私を謙虚な気持ちにさせます。原点を示してくれるアーティストのひとりです。

 

"Untitled"

"Untitled" (2016) Fuku Ikeda  Paper, PVC 44.5x14cm
"Untitled" (2016) Fuku Ikeda Paper, PVC 44.5x14cm

 

青い透明なものをぼんやり見るのが好きです。吸い込まれるようです。

I like seeing things through clear and blue glass. It takes me back to ancient days in the ocean.

 

 

惑星

午後9時半、南の空を望む。

 

東にチーズのような満月。そのすぐ右に火星がオレンジ色に輝いています。今日は火星、地球、太陽が一直線に並ぶ火星の「衝」の日です。火星の位置を眺めながら、反対側にある太陽の位置を想像しました。火星はこのあと31日に地球に最接近です。南を向いて顔を上げると木星が輝いている。明るいなあ木星。地球、火星、木星と3つの星の位置と大きさを想像しました。

 

重力って不思議ですね。コップの水に片栗粉なんかを混ぜると、しばらくしたら下に沈殿しますね。それが、宇宙で(太陽系で)も起きて、ごた混ぜになったものが、重力で引き合って沈殿した状態が今の感じなのかな。空中にものが沈殿するって…想像するだけでも重力って面白いです。

Wavering

La spirale du Modulor II  (2016) Fuku Ikeda 54x37.5cm
La spirale du Modulor II (2016) Fuku Ikeda 54x37.5cm

トノサマガエル

今日はトノサマガエルばかりがいる田んぼに遭遇しました。

 

仲良くしていただいている奈良市田原地区のお茶農家の方がおり、

今日はお茶摘みをしてきました。

そのお宅周辺の田んぼがすごい田んぼで、会うカエル会うカエル、みんなトノサマでした。

アマガエルくらいの大きさでまだ小さいですが、トノサマガエル密度が想像以上でした。

 

私はカエルが好きなのです。特にアマガエルの鳴き声が。コロコロとかキャッキャッとか。

私のふるさとは、田植えが始まればすべての田んぼが1枚の水の鏡のようになり、

大量のアマガエルが夜どおし鳴きます。6月の初旬が田植えです。

 

Shadow on the Water

Shadow on the Water (2016) Fuku Ikeda  19.5x77.6cm
Shadow on the Water (2016) Fuku Ikeda 19.5x77.6cm

インスピレーションの源

Castle Magic Studioのインスピレーションの源、橿原市観音寺町。一面のレンゲ畑。土が呼吸しているのを毎日感じます。こどものころアイルランドの民話を読んで、妖精のお話が遠い国の話とは思えなかったです。実際に不思議な話をおじいちゃんに聞かされました。少し怖い、どこか滑稽な。木霊、魑魅(こだま、すだま)の世界。

 

上の写真ように、田んぼにレンゲを植えるのはレンゲの根っこがチッソを溜める性質があり、天然の肥料となるからです。化学肥料の使用をできるだけ抑えて、または全く使わずにお米をつくる知恵です。レンゲ畑のなかには、アルビノの白いレンゲが咲くことがあり、子どものころ白レンゲをみんなで探したものです。

 

土とともに生きられることは本当に幸せなことです。土が呼吸している限り、私たちはそこから今日の糧を頂けます。

 (April 29, 2016  photo by Fuku)

橿原市観音寺町から葛城山を望む。葛城山は能の演目「葛城」や「土蜘蛛」の舞台として有名。観音寺町一帯は縄文時代の遺跡が眠っています。弥生時代の水稲栽培初期のころから稲を育んできた土地です。今日、私も今年の稲の種を苗代(なわしろ)にしてきました。無事の発芽を空や風や土の神様にお祈りします。(April 29, 2016  photo by Fuku)

 

展覧会・最新刊絵本情報へ戻る

SPRING

SPRING (2016) Fuku Ikeda
SPRING (2016) Fuku Ikeda

It's a dull, gray memory that sounds like the harmony in "Portrait of Tracy" by Jaco Pastorius.

リズムと響き

6月4日(土)ミジンコブンコにて即興演奏ライブをすることになりました。絵本の抽象的な画面に声とパーカッションで音をつけます。静かな環境でしかできない、ライブです。楽器にふれると共鳴して鳴る、かすかな音にも耳を澄ましていただきたいので10人くらいまでのお客様とご一緒できたらと思っております。

 

すべて、アドリブでそのときの雰囲気にあわせて演奏します。今回3冊の造形絵本を出品しますが、それぞれリズムと響きをイメージしてデザインしています。響きについておおまかにご紹介しますと、

 

SILVERY WINTER(絵本に差し込む光と影を楽しむ絵本):

ドリアンスケール(ドレミファソラシドのレから始めてレで終わる音階)の響きを意識したデザイン。

EXHIBITION FEBRUARY 2016 (形を楽しむ絵本):

パーカッションで形を伝える作品と、ブルーノート(BLUES )のイメージによるデザイン作品を含む 。

EXHIBITION OCTOBER 2015 (パターンを楽しむ絵本):

全体がブルーノートを意識したデザイン。

 

というように製作しています。

 

スケール(音階)をもとにアドリブするモードジャズのアイデアを基本に音をつむぎます。最もシンプルな即興演奏のやりかたです。言葉を使うことなく抽象的な絵本をどこまで”朗読”できるのか、小さな実験です。

 

今回の音楽は、聴いて下さるみなさんが音の背景にある画をもとに耳を澄ましていただいて、はじめて成立します。そのための「場」の設定がとても大切でした。今回ミジンコブンコさんが、その「場」をご理解いただき快く提供してくださったことに、心より感謝申し上げます。

 

 

 「言葉のない朗読会」へ戻る

 

今までの展覧会とイベントに戻る

天文台

Observatory  (2016)Paper craftwork,  Designed by Fuku Ikeda
Observatory (2016)Paper craftwork, Designed by Fuku Ikeda

六角形の白い建物。星を眺めるときは、こんな建物のなかにいる心地。

A hexagonal white building. When seeing stars in the night sky, I feel as if I was inside a building like this. 

スパイラル

ルート貝  from EXHIBITION FEBRUARY 2016
ルート貝 from EXHIBITION FEBRUARY 2016

 

 

 

La spirale du Modulor

(2016)

Designed by Fuku Ikeda 

54x37.5cm

 

建築家、ル・コルビュジェの考案したModulor(モデュロール)を参考にデザインした”らせん”を配した作品。


 

左上はルート貝(参照:西村鷹明著『物理数学道具箱』講談社)、Spiral of Theodorusです。

ルート貝は一番外側の線をつくる三角形の辺が常に”1”と決まっているため、劇的に大きく成長することはありません。2周目になっても中心からそれほど離れていかず、ちょうど螺旋階段を上から見たような感じになります。

 

 

黄金比を使って"らせん"を描くこともできます。これは、オウムガイなどにも当てはまり、約1.618倍の拡大したものをつなげていきます。1.618倍というのは、劇的な成長です。中心から”らせん”がどんどん離れます。黄金比のスパイラルは、その定義である1+1/φ=φというルールで長方形をつないでいくなかで生まれます。φ=1.618…となります。これは、フィボナッチの数列をもとに作図した”らせん”に近似します。

フィボナッチの数列をもとにデザインした”らせん”(試作)
フィボナッチの数列をもとにデザインした”らせん”(試作)

 

フィボナッチの数列の”らせん”は簡単に描くことができます。フィボナッチの数列:1、1、2、3、5、8、13、21、34…に従ってその長さの辺をもつ正方形をつなげて描きます。

 

生き物の成長のリズムがスパイラルを生み出しますが、遺伝子工学がご専門の方によると、卵割のリズムが生物の形に見られる”うねり”を生み出すという説があるそうです。 

 

 

 展覧会・ライブ・最新刊絵本情報へ戻る

今までの展覧会とイベントに戻る